素戔鳴尊(すさのおのみこと)が私のもとにやってきた。
アイツにしては珍しくしおらしい様子で、 「私は今、詔を承って根の国に赴きたいと存じます。」 そうそう、そんなこともあったな。 アイツは、なにせ、あのなんとも形容しがたい大声で、 意味もなく、泣いたり怒ったり・・・ そのために、世の民も数多く死んでしまい、山野さえ、枯野にしてしまったのだ。 そのために、根の国に赴くよう命じたのは、そう、私だった。 「根の国に赴く前に、高天原(たかまがはら)におわす姉上、 天照大神(あまてらすおおかみ)にお目にかかってお暇乞いをし、 それから永久に退出したいと存じます。」 はて、素戔鳴尊(すさのおのみこと)にしては何とも殊勝な。 勇敢ではあるけれども残忍な彼のこと、何か魂胆があるのか否か・・・ もうそんなことはどうでもよい。 私はなすべきことはすべてなした。 私は少し疲れた声で、 「許そう。」と、ひとこと言った。 素戔鳴尊(すさのおのみこと)は、嬉々として、高天原(たかまがはら)に上っていった。 さあ、時がきた。 私が去る時が。 あとは、すでに作ってある幽宮(かくれのみや)に入ればいい。 長い、覚めることのない夢の中、私は振り返る、わが愛する妻のことを。 あれも夢であったのだろうか。 わが妻イザナミは、まだ少女であったころから、それは美しい乙女であった。 そして、いつも私の姿を目の中に留めていないと、 とたんに寂しがり、不安がり、オロオロと涙ぐむ、まことに可憐な姫だった。 それは、まだ幼いながらも恋であったのであろうか。 時満ちて、私たちは夫婦になった。 だが、いざ契りを交わそうとしても、どうしていいのかわからない。 そんなとき、二羽のつがいの鳥が、 かしらと尻尾を振るわせて、絡まりあうように飛んでいた。 私たちは、契りの意味を悟った。 それほどに、まだ幼い二人であったのだ。 こうして結ばれた私たちは、この国の島々、山野を生んだ。 天を治め、地を治める、尊き神々も生み出した。 風の神も、土の神も、その他すべての万物も生み出した。 あの素戔鳴尊(すさのおのみこと)は、ちょこっと出来損ないかも知れないが。 私たちは幸せだった。 すべてが満ち足りていた。 だが、なんということだろう。 そこで悲劇が起こったのだ。
by pain0107
| 2004-05-17 14:33
| 1.神代上 -その1-
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