「わ~~~い! イワレヒコさま、魚たちが見事に浮かんでますよ~ うわぁー こんなにたくさんの魚が浮いてるのは初めて見たなぁ。 イワレヒコさまのおっしゃったとおり、 川を落ち葉が流れているようですよーっ」 いつも通りのウズヒコ殿の明るい声。 イワレヒコさまは、誓約(うけい)をなされたのだ。 天香山(あまのかぐやま)から取ってきた埴土で作った土器(かわらけ)を川に沈め、 『もし魚が大小となく、すべて酔って流れる様子が、 まるで、落ち葉が川を流るるごとくであったなら、 私は必ずこの国を平定することができよう。』 と、おっしゃって。 誓約(うけい)は、単純で、その可否がはっきり目に見えるものであればあるほど盛り上がる。 大小の魚が、浮かんで流れる様子に、皆の士気は否が応でも高まるのだ。 土器(かわらけ)を作った埴土は、敵陣のまっただ中を通ってウズヒコ殿が持ち帰ったもの。 たまたま目があったウズヒコ殿に会釈を返し、私はそっとその場を離れた。 -------------------------------------------------------------------------------- 川縁を離れ、木立を行くと、私のお気に入りの場所に出る。 なんでお気に入りかって? ここは、一人になれるところだから。 私はきつく結った髪をほどいた。 黒髪は、まるで生き物のように、私の背を覆う。 「まるで別人だな。 髪をほどくと、そなたは女になる。」 「・・・イワレヒコさま・・・!?」 「どうして、そんなにも美しい姿を隠している?」 美しい? 私は女にしては伸びやかすぎる姿態に目をやり、ため息をつく。 「イワレヒコさま。 いつから私が女であることに気付いておられたのですか?」 「ははは・・・ 心配せずとも、他の者は誰も気付いてはおらぬ。 私もつい先頃、 ここでそなたの姿を見るまでは、 そなたが女であるなどとは思いもしなかったぞ、道臣(みちのおみ)」 「イワレヒコさま。 このことは皆には・・・」 「分かっている。 私は、そなたが男であろうが女であろうが、 そんなことはどうでもよい。 そなたが私の役に立つ人物であったらな。」 「私は男ですよ、イワレヒコさま。 これからも、この剣で、 あなた様の東征の道を切り開いて参りましょう。」 「そうだ。 いよいよ出陣だ。 が、その前に、私は祭礼を行いたいと思う。 私自身が天神タカミムスヒさまの憑代(よりしろ)となり、 この度の戦の戦勝を祈るのだ。 ついては、そなたに斎主を務めてもらいたい。」 「私が…ですか?」 「そうだ。 斎主として、厳媛(いつひめ)の名も与えよう。 祭の日は、乙女の姿で私の前に現れてもらいたい。 なに、みんな気づきはしない。」 あまりに近くから聞こえたイワレヒコさまの声に驚いて顔を上げると、生暖かい息が額にかかり、イワレヒコさまは、そっと私を抱き寄せた。 -------------------------------------------------------------------------------- 祭も無事終わり、イワレヒコさまは出陣した。 斎主である媛が私であったことは、誰も気付かない。 早々に女の装束を脱ぎ捨てた私は、得意の剣にものをいわせて、次々と敵をなぎ倒す。 女の格好など面倒だ。 私にはこれが一番性に合っているのだ! が、敵は圧倒的な数で私たちを押し返し、緒戦の日は暮れた。 その夜、私はイワレヒコさまの密命を受けた。 「道臣(みちのおみ)よ。 そなたを見込んでの命だ。 そなたは、大来目(おおくめ)らを率いて、 忍坂邑(おしさかむら)に地室を作れ。 そこで饗宴を開き、敵を誘い込んで殺すのだ。」と。 私は、一瞬、唖然とした・・・。そして、 「身を売れと? 私に女を利用せよとおっしゃるのですか!」 と、恐れ多くもイワレヒコさまに向かって叫んだ。 「剣を持って戦うだけが戦じゃない…。 これは、我が兄、イナヒ殿の言葉だ。 なにも戦うのに、女だ男だとこだわることはないのではないか? 利用できるものはすればいいのだ。」 「・・・・・」 「なにも身を売れとは言っていない。 方策は自分で考えるのだ、道臣。 そなたを見込んでの命だ。 思う存分働くがよい。」 そう言うと、イワレヒコさまは、私の肩に手を置いたが、その手で私を抱き寄せるようなことはせず、私の目を見て頷くと、そのまま部屋を立ち去って行かれた。 なぜだか分からないが、私は物足りない思いでイワレヒコさまを見送った。 -------------------------------------------------------------------------------- 私は軍に付き従っている女たちのうち、選りすぐりに美女を集めた。 そして気は進まなかったが、私自身も入念に化粧した。 地室を作ると、奥に大来目(おおくめ)の強兵を待機させ、彼らの姿を隠すために色とりどりの領巾(ひれ)を垂らし、さかんに楽を催した。 陣中のこと、女に飢え、退屈しきっていた男たちを次々と地室に誘い込むことは簡単だった。 私は大来目(おおくめ)らに命じた。 「酒宴が真っ盛りになったら、私が立ち上がって歌う。 お前たちはその歌を聞いたら、 一斉に敵を殺せ。」と。 そして、私は女たちと共に、敵に酒を勧めた。 敵は座について、宴はたけなわになった。 やがて、敵はすっかり油断して酔っぱらっていった… 頃は良しと見た私は、つと立ち上がり歌った。 忍坂の 大室屋に 人多に 入り居りとも 人多に 来入り居りとも みつみつし 来目の子等が 頭椎い 石椎い持ち 撃ちし止ましむ 忍さかの大きい室屋に、敵軍が多数入っているが、入っていてもかまいはしない。 来目の子等の剣で打ち負かしてしまおう この歌を合図に、兵士たちは、一斉に剣を抜き、一時に敵兵を討ち伏せた。
by pain0107
| 2005-01-03 15:23
| 5.神武東征
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