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弟猾の受難


「ちょっとウズヒコ殿ぉ…
 本当にこの格好で天香山(あまのかぐやま)まで行くので?」

「当たり前じゃないか!
 何をそんな情けない声を出しているのだ?」

私はため息をついた。
自信たっぷりに秘策があるなんて言うから、いったいどんな策かと思ったら、トホホ・・・


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数日前、我れら軍の主な者はイワレヒコさまと共に菟田(うだ)の高倉山の山頂で大和を展望した。大和には敵軍が満ちあふれ、要害の地はすべて押さえられていた。

翌日になって、私と道臣(みちのおみ)殿、そして無理矢理ついてきたウズヒコ殿の3人は、イワレヒコさまの前にまかり出た。

「イワレヒコさま。
 大和の磯城邑(しきのむら)には磯城の八十梟師(やそたける)が、
 高尾張邑(たかおはりのむら)には、赤銅(あかがね)の八十梟師がおります。
 ここの連中は皆、イワレヒコさまと決戦をする覚悟とみえます。
 これを突破するのはたやすいことではありません。
 迷信とお笑いになるかも知れませんが、
 天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取って、
 それで天平瓮(あまのひらか)作り、
 天社(あまつやしろ)、国社(くにつやしろ)の神々をお祭りなさいませ。
 さすれば、賊を征伐し平定する道が開けるはず。」
私は言った。

「おぉ…弟猾殿、それは誠か…!」

イワレヒコさまは、たいそう驚いたように私を見た。そして、

「実は、私は昨夜、誓約(うけい)をして眠ったのだ。
 大和を埋め尽くす敵軍を討つ秘策を授け給えと。
 夢の中には、天神アマテラスさまが現れた。
 そして驚いたことに、
 そなたが申したことと同じことを、おっしゃったのだ。」

「そのような不思議なことが・・・
 では、確かにそれは敵を討つ秘策なのでございましょう。
 が、道いっぱいに駐屯する敵の目を欺いて、
 天香山(あまのかぐやま)に行くのは、
 たいそう困難なことだと思われます。」
道臣(みちのおみ)殿が口を挟む。

「イワレヒコさま。
 それについては、私に秘策がございます。 
 どうか、我々にお任せあれ!
 見事、天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取ってきてご覧に入れましょう。」

自信たっぷりに言うウズヒコ殿に、みんなの視線が集まった。

「ウズヒコ。
 い、いや、シイネツヒコ。
 いったいそれはどんな秘策だ?
 申してみよ。」

「言わないから秘策なんじゃないですか、イワレヒコさま。
 先をお急ぎでしょうが、
 1週間ばかり、我々3人に時間を下さいませ。
 必ずや仰せのままに致しましょう。」

「そうか・・・
 分かった。任せよう。」

ウズヒコ殿の気迫に押されたように、イワレヒコさまは頷いた。


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「ウズヒコ殿。
 あの敵軍を突破する秘策とはどんな策だ?」
イワレヒコさまの元を退出した私は、早速急き込んで訊ねた。

「秘策?
 そんなものはこれから考えるのさ。」

「えぇぇぇーっ、ウズヒコ殿。
 貴殿は、何の考えもないままに、あんな安請け合いをしたのか?」
道臣殿も、男にしては妙に甲高い声で叫んだ。

「だって、イワレヒコさまの誓約(うけい)が外れるはずなどないじゃないか。
 ってことは、きっと秘策はあるはず。
 あと1週間もあるのだ。
 その間に、私たち3人で考えれば、きっとグッドアイディアも浮かぶさ。」

何とお気楽な・・・

それから1週間どころか…
もうその翌日には、いい策が浮かんだと言って、ウズヒコ殿が飛び込んできた。
その策というのが、このトホホの策なのだ…


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「なあ、誓約(うけい)ってカッコいいよなぁ~
 この間、イワレヒコさまから誓約(うけい)の話をうかがって、
 私も早速やってみたのだ。へへへへへ」

「へ~、いったいどんな誓約(うけい)だ?」
私は自分の格好があまりに情けなくて、ウズヒコ殿の誓約(うけい)の話になどに乗る気にもならず、それでも仕方なくたずねた。

「おぉ、聞いてくれるか?
 私は神にこう言ったのだ。
 『イワレヒコさまが本当にこの国を統一することがおできになる者ならば、
  行く道は自然に通れるだろう。
  反対に、もしご平定の事業が不可能なものならば、
  賊軍に妨げられよう』と。
 だから、敵軍に向かって、まっすぐに道を進んでいくぞー!」

「ほいほい。」
もう私はどうにでもなれという気持ちで、ウズヒコ殿に頷いた。

「よ~~~し!
 おっとぉ…これじゃ、元気よすぎだなぁ。
 なんといっても、私は今日はじいさんだもんな。」

ウズヒコ殿は、急に腰をかがめて、しわがれ声で、

「さあ、ばあさんや。
 出かけるぞ。
 用意はいいかな?」

と、もうノリノリで私に言った。
そうなのだ。
私とウズヒコ殿は、敵軍を欺くために、じいさんとばあさんの扮装をしているのだ。
これが、ウズヒコ殿のトホホの策なのだ。


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「わっはっはっは。
 なんて汚らしいじじい、ばばあだ。」

敵軍はみんな道をあけた。
私たちは無事に山に着き、土を持ち帰った。

「ばあさんや。
 よかったのぉ~」

まったくもう…
いつまでやっているのやら…

さんざんな目にあったウズヒコ殿の策だったが、持ち帰った土を見て、イワレヒコさまは、それはそれは喜ばれた。
そして、早速その土で、天平瓮(あまのひらか)を作り、天神地祗を祭られた。
by pain0107 | 2005-01-03 15:21 | 5.神武東征
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