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菟田へ


菟田(うだ)の 高城に 鴫(しぎ)罠張る 
我が待つや 鴫は障(さや)らず いすくはし 鯨障り 
前妻(こなみ)が 肴乞はさば 立稜麦(たちそば)の 実の無けくを 幾多聶(こきしひ)ゑね
後妻(うはなり)が 肴乞はさば 斎賢木(いちさかき) 実の多けくを 幾多聶(こきしひ)ゑね

(鴫とりのわなを設けて俺が待っていると、鴫はかからず鷹がかかった
 これは獲物だ!
 古女房がおかずにくれと言ったら、中身のないところをうんと削ってやれ
 若女房がおかずにくれと言ったら、中身の多いところをたくさん削ってやれ )


イワレヒコさまが歌うと、みんなやんやの喝采。
今日は無礼講だ。
みんな、したたかに酔っている。

が、イワレヒコさまが、この歌を歌うやいなや、真っ青になって席を立った男がいる。
あれは、イワレヒコさまの皇子のタギシさま・・・?

タギシさまは、そのまま宴席を抜けて、ふいっと外に出てしまわれた。。
タギシさまの行く手を目で追っていた私は、ふと、シイネツヒコ殿と目があった。

私は、シイネツヒコ殿に近づくと、
「シイネツヒコ殿、タギシさまはどうされたのだ?
 私の饗応に、何か気に触るところがあったのだろうか?」
と、尋ねた。

「いや、そんなことはないと思うが・・・
 あの方は、真面目だからなぁ…
 こういう酒席は、あまりお好きではないのかも知れない。
 気にするな。」

いつも愉快で親しみやすいシイネツヒコ殿は、みんなの人気者だ。

「ところでシイネツヒコ殿。
 あなたのことを、ウズヒコと呼ぶ者もあるが、
 どちらが本当の名前なのだ?」

「私は、イワレヒコさまが日向を出発して間もなく、
 船が速吸の門にさしかかったとき、偶然イワレヒコさまと出会ったんだ。
 シイネツヒコは、そのときにイワレヒコさまが下さった名だよ。
 でも、なんだかご大層な名前だと思わないか?
 どうも、私には元のウズヒコの方が合ってるらしくて、
 今も、ウズヒコと呼ぶ者の方が多いんだ。
 当のイワレヒコさまだって、10回に7回は間違えてる…」

シイネツヒコ殿は、そう言って笑った。そして、
「弟猾(おとうかし)殿も、ウズヒコでよいぞ!」
と言った。

「そうか。
 じゃぁ、私もウズヒコ殿と呼ばせてもらおう。」

「タギシさまはなぁ、
 心根の優しい方ではあるが、進んで友人を作ろうとはなさらないんだ。
 私とは、妙にウマがあって、仲良くして下さってはいるが。
 タギシさまは、今も、離ればなれになった母君を思っていらっしゃる。
 多分、イワレヒコさまの、今のお歌に傷つかれたんだろう。」
と言った。

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私は、タギシさまの後を追うでもなく、だが、外の風に当たりたくて館の外に出た。
なんといっても、今日の宴は、イワレヒコさまが我が国を奪ったことを祝う宴なのだ。
なのに、その宴を開いてイワレヒコさま一行を饗応しているのが、他ならぬ私。

イワレヒコさまは軍を率いて、突如として熊野の山中より姿を現した。
3本足の、世にも珍しいカラスに先導されて。
そして、私と、兄の兄猾(えうかし)に恭順を求めた。
国を譲り、我が軍に降れと。

兄は烈火のごとく怒った。
どこの馬の骨とも知れぬ田舎者のくせに無礼な、と。

そして、御殿に大きなからくり(落とし穴)を作った。
帰順したふりをして、一行をここへおびき寄せよう。
そうすれば、みんなそろって一網打尽だ!と、うそぶいた。

私は、兄の奸計をイワレヒコさまに密告した。
イワレヒコさまは、兄の卑劣な策を怒り、道臣とやらいう者を兄の御殿に遣わした。
道臣は、剣の柄を握りしめ、弓を引き絞って、兄を脅しながら、からくりの方へと追い込んだ。
兄は、とうとう自分で作ったからくりで命を落としてしまった。
道臣は、死んだ兄の遺体を引き出して、さらに切り刻んだそうだ・・・

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「弟猾(おとうかし)殿?
 こんなところで考え事か?」

私は随分長い間物思いにふけっていたようだ。
不意に声をかけられ、驚いて、声の主を見ると、

「タギシさま?」
素っ頓狂な声が出た。
「タギシさまこそ、さきほどは真っ青な顔で宴席を抜けられ、
 心配していたのです。
 私の饗応がお気に召しませんでしたか?」

「そうか。私を追ってきてくれたのか。
 それはすまなかった。
 そなたのもてなしが気に入らなかったわけではないのだ。
 父上の歌を聞いたとたん、頭に血が上ってしまって…
 気を遣わせてすまなかったな。」

「いえいえ。
 父上様のお歌は、酒席の戯れ歌ですよ。
 決して、母君さまのことを揶揄なさっているわけではないと思います。
 あ、すみません・・・
 母君さまのことは、
 さきほど、ウズヒコ殿からうかがったのです。」

「そうか。
 父は、母をこの遠征には伴わなかった。
 もう二度とは帰らぬ地に、母を残した。
 でも、私はどこかで信じていたかったんだ。
 愛が冷めた故、母を残したのではないと。」

「優しい母君さまだったのでしょうね。
 そして、あなた様をこよなく愛して下さったんでしょうね。」
私は言った。そして、
「タギシさま。
 この度の私の裏切り、タギシさまはどう思われます?
 私は兄を裏切り、兄を死に追いやった。」

タギシさまは、急に話題を変えた私に驚かれ、
「私には分からない・・・
 私たちは、熊野の山中を彷徨い、
 頭八咫烏(やたがらす)の道案内のおかげで、
 やっとのこと、山中を抜け出した。
 が、すぐさま戦いに挑むには情報がなさ過ぎる。
 だから、そなたの帰順は有り難かった。
 それに、そなたの密告がなければ、
 そなたの兄、兄猾(えうかし)殿の奸計にはまるところであった。
 だが、一人の人間としては、
 なぜ、そなたが兄を密告したのか分からない…」
と言った。

「そうでしょうな。
 私と兄は母が違うのです。
 兄、弟といっても、年は1才も違わない。
 どちらがこの地を治めてもおかしくない。
 その上、私の母は、
 私を権力を掴むための手駒としてしか見ていなかったのです。
 はるばる日向から、いろんな国々を見て進軍してこられたあなた様から見れば、
 こんな小さな国と、父上の愛を独占せんがために、
 わが子を手駒に使い、
 兄弟の間に、憎しみしか植え付けなかった母は、さぞ滑稽に映るでしょうね?」

肉親同士が憎しみ合うということに無縁であったろうタギシさまは、声もなく、私の顔を見た。

「タギシさま。
 タギシさまが、そのように心優しい人に育ったのは、
 母君さまだけの愛情のおかげではありませんよ、きっと。
 父上様と母君さまの間に真の愛情があったからこそ、
 肉親は愛し合うものだということを知られたのではないですか?
 違いますか?」

「父上のお歌は戯れ歌か・・・」
タギシさまが、ほんの少し微笑んだ。
「だが、それにしても、どうしてそなたは兄の兄猾(えうかし)殿を裏切ったのだ?
 確かにそなたの密告がなければ、我々は兄猾殿の奸計にはまっていた。
 だが、我らが滅べば、この地はそなたたちの国のままだったはずだ。
 なのに、そなたは我らに帰順して、こうして宴を開いて歓迎している。
 なぜだ?」

「さあ・・・
 すべてをご破算にしたかったのでしょうか…
 私は、たった数ヶ月早く生まれたというだけで、
 この地を、そして私を支配する兄が憎かった。
 その私の憎しみをあおり、私を手駒にし、
 隙あらば兄を追い落とし、
 この地を奪わんとしている母も疎ましかった。
 しかも、その二人は、私と血を同じくする兄と母なのです。
 私は、こんな憎しみの輪の中から抜け出したかったのか…
 いや…分かりません…」

「そなたはそれで・・・
 それで、実の兄を、国を売ったのか?」
タギシさまは驚愕した。

私はその問いには答えず、
「ウズヒコ殿は、イワレヒコさまは素晴らしいお方だと言ってました。
 生涯を、命を託しても悔いのないお方だと。
 ウズヒコ殿は、楽しい人だ。
 私もウズヒコ殿に付き合うことにしましたよ。」
と、ことさら明るく言った。

タギシさまも、いつか、私のことを分かる日が来るだろうか?
私とタギシさまでは、育ちが違いすぎる。
そんな日が来ないことを祈りながら、私はタギシさまの澄んだ目に微笑みかけた。
by pain0107 | 2005-01-03 15:13 | 5.神武東征
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