ウズヒコの作戦

「兄磯城(えしき)は、やはり抵抗するつもりのようだ。
 召しても来ない。
 いかにすべきか、皆の意見聞きたい。」
イワレヒコさまが言う。
やっぱりイワレヒコさまはカッコいいなぁー

「イワレヒコさま。
 召しても来ないというのは、
 我々に敵意を抱いている証拠と思われます。
 が、磯城邑(しきのむら)を武力で攻略するのはたやすいことではありません。
 今一度、弟磯城(おとしき)殿を遣わし、
 兄磯城殿を説得してもらってはいかがでしょう。
 それでも尚、帰順しないようであれば、
 それから武力で攻略しても遅くはないと存じます。」

いつも思慮深い道臣殿の言葉に皆はうなずいた。

そうだ、そうだ。
なんてったって実の兄弟だもんなー

兄磯城殿だって、実の弟である弟磯城殿が降っているのだから、弟磯城殿が利害得失を示して説得すれば、案外容易く納得されるんじゃぁ・・・
イワレヒコさまの威光はスゴイんだから!

しかし、それにしても道臣は、いつ見ても美形だなぁー
男が見てもホレボレするぞ。
まあ、亡きイナヒ殿には及ばないが・・・
だが、最近、美しさに磨きがかかったのではないかぁー?
さては、キレイな姫でも手に入れたなぁ!

「相分かった。
 誰も異存はないな?
 そういうことだ。
 弟磯城、
 必ずや、兄を説得し、帰順させるのだ。」

イワレヒコさまは、道臣の意見を入れて軍義は散会した。
弟磯城殿は静かに頷いた。

「なあウズヒコどの。
 どこがどうというわけではないが、
 弟磯城殿は、弟猾(おとうかし)殿とはちょっと雰囲気が違うと思わないか?」

弟猾殿と共にやって来たのは道臣だ。

「へ?
 そうかなぁ・・・?」

まあ確かに、親戚でもないんだから顔が似てるということはないが・・・

「うん。
 そうだな。
 弟猾殿は小柄だが、弟磯城殿は長身だ!」

自信満々に言った私に、なぜか道臣殿は溜息をつき、弟猾殿と共にその場を立ち去っていった。


--------------------------------------------------------------------------------

それからしばらくして、兄磯城殿の説得のため、磯城邑に戻っていた弟磯城殿が帰ってきた。

「イワレヒコさま。
 兄は申しました。
 イワレヒコなどという卑しい賊に帰順するつもりはない、と。」

「な、なにーーー!」
私は軍義の席であることも忘れて、思わず、座を蹴って立ち上がった。
「イワレヒコさまを卑しい賊だと!!
 そのようなヤツ、
 今すぐに誅してやりましょう、イワレヒコさま。」

「シイネツヒコ。
 威勢のいいのはいいことだが、何か策があるのか?」
イワレヒコさまが言う。

え?
わぁ・・・そこまで考えていたわけじゃ・・・
が、態勢を立て直し、私は言った。

「まず、わが軍にいる女達に武装をさせ、
 忍坂の道から出撃させましょう。
 兄磯城は、まさか女たちとは思わず、
 精兵を挙げて向かい打つことでしょう。
 そこでわが軍は、強力な兵を派遣して、
 兄磯城が陣を張る墨坂(すみさか)に直進するのです。
 敵を挟み撃ちにするのです!
 菟田川の水を取って、敵陣が起こした墨の火に注いで、
 火を消してしまったら、あたりは闇に包まれます。
 その不意をつけば、敵軍を打ち破ることができるのではないでしょうか。」

「おぉ・・・、シイネツヒコ。
 それは名案じゃ。
 よし。
 シイネツヒコの申す通り、軍備を整えろ!」

ヤッター!
とっさに、よくあれだけの策が浮かんだものだと、自分でも冷や汗をかきながら、私はヘナヘナと座についた。

策は見事にあたり、挟み撃ちになった兄磯城は、墨坂にてその命を絶った。
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# by pain0107 | 2005-01-23 16:58 | 5.神武東征

弟磯城の裏切り

これは千載一遇のチャンスだ。
悪魔がささやく・・・


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「兄上!
 菟田(うだ)に盤踞しているイワレヒコから使いが来たというのは誠ですか?」

「弟磯城(おとしき)か・・・
 磯城(しき)の地は、菟田から大和へと通じる要害の地だ。
 おとなしく軍に降るなら、邑(むら)を荒らすようなことはしないということだ。」

「で、兄上はどうなさるつもりで?
 まさか、そのような理不尽な命に従うつもりではないでしょうね?」

「私は迷っている。
 イワレヒコの命は理不尽だ。
 だが、命に従わなければ、
 磯城邑は、軍に蹂躙されるだろう・・・」

「何を弱気なことを!
 我らが、イワレヒコなど、どこの馬の骨とも分からない男の軍に負けるはずがないではありませんか!!」

「当たり前だ。
 我らの軍が負けるはずはない。
 だが、戦になれば必ず死傷者は出る。
 私の意地だけで、皆を戦乱に巻き込んでもいいのか・・・」

心優しい兄は、邑人を傷つけることに躊躇しているようだ。
私たちは早くに両親を亡くし、私は優しい兄の慈しみの中で成長した。

「敵に降るというのはどういうことか・・・
 イワレヒコが、我々の邑人に危害を加えるようなことがあるなら容赦はしない。
 だが、どの邑でも、イワレヒコは、邑人を尊重し、無益な殺生はしないと聞く。」
兄は、さらにそう言った。

兄の気持ちはわかる。だが・・・

「そうお思いなら、そうなさればよい。
 だが私はいやだ。
 たとえ兄上が敵軍に降ったとしても、
 私は、たとえ一人でも、イワレヒコと戦う。
 我々の大和を守るのだ!」

「弟磯城・・・」

「兄磯城(えしき)さまーっ、弟磯城さまーっ!
 表に妙なカラスがいますーーー
 なんと、人語を話していますぞー!」

外から邑人の驚いたような声がする。
私と兄は外に出た。
外ではカラスが、

「天神の御子がおまえを召されている。
 さあ、わが軍に降るのだ。
 さあ、さあ!!」

足が3本の奇妙なカラスだ。
なんと禍々しい・・・
私はすぐさま弓をとり、カラスに向かって射かけた。

「弟磯城!
 何をするーーー」

慌てた兄が私の手を押さえたため、矢は大きくそれて、カラスははるか彼方に飛び去った。

兄は飛び去るカラスに叫んだ。
「イワレヒコの命などうるさく思ってのだ。
 おまえのような奇妙なカラスが、
 何を言おうと、私の意志は変わるものではないー!」と。

「兄上・・・」

「これでいいのだ。
 イワレヒコの使者に矢を射かけてしまった以上、
 もう、イワレヒコとは袂を分かってしまったのだ。
 こうなれば戦うしかない。
 それに、そなた一人で戦わせることなど、出来るはずないじゃないか。」

「兄上・・・」

兄は、さらに言い募ろうとする私を押さえ、幼いころのように私の肩を抱いた。


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これは千載一遇のチャンスだ。
悪魔がささやく・・・

「天神の御子がおまえを召されている。
 さあ、わが軍に降るのだ。
 さあ、さあ!!」

今度は私の屋敷に、あの3本足のカラスがやって来た。

「私は天神の御子がお出でになったと聞いて、
 朝から晩まで畏れかしこまっています。
 鳥よ。
 よくぞ、来てくれた!」

私はそう言い、鳥について、イワレヒコの本陣に伺候した。

そして、
「私の兄の兄磯城は天神の御子が来られたと聞いて、
 八十梟師(やそたける)を集めて、
 武器を準備して抵抗しようとしております。
 急いで征討のご計画をなさいますように。」
と言った。

兄は優しい。
兄は私を心から慈しんでくれた。
だが、大和の旧勢力に与しているかぎり何も変わりはしない。
私は一生兄の下で、小さな磯城邑を守って生きていくのだ。
いや、朽ち果てていくのだ。

イワレヒコなど、何も知らない田舎者・・・
いつか、イワレヒコが手に入れた国をそっくりそのまま手に入れることも出来るやもしれぬ。
私はそれに賭けるのだ・・・
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# by pain0107 | 2005-01-10 21:52 | 5.神武東征

道臣の秘密


「わ~~~い!
 イワレヒコさま、魚たちが見事に浮かんでますよ~
 うわぁー
 こんなにたくさんの魚が浮いてるのは初めて見たなぁ。
 イワレヒコさまのおっしゃったとおり、
 川を落ち葉が流れているようですよーっ」

いつも通りのウズヒコ殿の明るい声。
イワレヒコさまは、誓約(うけい)をなされたのだ。

天香山(あまのかぐやま)から取ってきた埴土で作った土器(かわらけ)を川に沈め、
『もし魚が大小となく、すべて酔って流れる様子が、
 まるで、落ち葉が川を流るるごとくであったなら、
 私は必ずこの国を平定することができよう。』
と、おっしゃって。

誓約(うけい)は、単純で、その可否がはっきり目に見えるものであればあるほど盛り上がる。
大小の魚が、浮かんで流れる様子に、皆の士気は否が応でも高まるのだ。
土器(かわらけ)を作った埴土は、敵陣のまっただ中を通ってウズヒコ殿が持ち帰ったもの。
たまたま目があったウズヒコ殿に会釈を返し、私はそっとその場を離れた。


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川縁を離れ、木立を行くと、私のお気に入りの場所に出る。
なんでお気に入りかって?
ここは、一人になれるところだから。

私はきつく結った髪をほどいた。
黒髪は、まるで生き物のように、私の背を覆う。

「まるで別人だな。
 髪をほどくと、そなたは女になる。」

「・・・イワレヒコさま・・・!?」

「どうして、そんなにも美しい姿を隠している?」

美しい?
私は女にしては伸びやかすぎる姿態に目をやり、ため息をつく。

「イワレヒコさま。
 いつから私が女であることに気付いておられたのですか?」

「ははは・・・
 心配せずとも、他の者は誰も気付いてはおらぬ。
 私もつい先頃、
 ここでそなたの姿を見るまでは、
 そなたが女であるなどとは思いもしなかったぞ、道臣(みちのおみ)」

「イワレヒコさま。
 このことは皆には・・・」

「分かっている。
 私は、そなたが男であろうが女であろうが、
 そんなことはどうでもよい。
 そなたが私の役に立つ人物であったらな。」

「私は男ですよ、イワレヒコさま。
 これからも、この剣で、
 あなた様の東征の道を切り開いて参りましょう。」

「そうだ。
 いよいよ出陣だ。
 が、その前に、私は祭礼を行いたいと思う。
 私自身が天神タカミムスヒさまの憑代(よりしろ)となり、
 この度の戦の戦勝を祈るのだ。
 ついては、そなたに斎主を務めてもらいたい。」

「私が…ですか?」

「そうだ。
 斎主として、厳媛(いつひめ)の名も与えよう。
 祭の日は、乙女の姿で私の前に現れてもらいたい。
 なに、みんな気づきはしない。」

あまりに近くから聞こえたイワレヒコさまの声に驚いて顔を上げると、生暖かい息が額にかかり、イワレヒコさまは、そっと私を抱き寄せた。


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祭も無事終わり、イワレヒコさまは出陣した。
斎主である媛が私であったことは、誰も気付かない。
早々に女の装束を脱ぎ捨てた私は、得意の剣にものをいわせて、次々と敵をなぎ倒す。
女の格好など面倒だ。
私にはこれが一番性に合っているのだ!

が、敵は圧倒的な数で私たちを押し返し、緒戦の日は暮れた。

その夜、私はイワレヒコさまの密命を受けた。

「道臣(みちのおみ)よ。
 そなたを見込んでの命だ。
 そなたは、大来目(おおくめ)らを率いて、
 忍坂邑(おしさかむら)に地室を作れ。
 そこで饗宴を開き、敵を誘い込んで殺すのだ。」と。

私は、一瞬、唖然とした・・・。そして、
「身を売れと?
 私に女を利用せよとおっしゃるのですか!」
と、恐れ多くもイワレヒコさまに向かって叫んだ。

「剣を持って戦うだけが戦じゃない…。
 これは、我が兄、イナヒ殿の言葉だ。
 なにも戦うのに、女だ男だとこだわることはないのではないか?
 利用できるものはすればいいのだ。」

「・・・・・」

「なにも身を売れとは言っていない。
 方策は自分で考えるのだ、道臣。
 そなたを見込んでの命だ。
 思う存分働くがよい。」

そう言うと、イワレヒコさまは、私の肩に手を置いたが、その手で私を抱き寄せるようなことはせず、私の目を見て頷くと、そのまま部屋を立ち去って行かれた。
なぜだか分からないが、私は物足りない思いでイワレヒコさまを見送った。


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私は軍に付き従っている女たちのうち、選りすぐりに美女を集めた。
そして気は進まなかったが、私自身も入念に化粧した。

地室を作ると、奥に大来目(おおくめ)の強兵を待機させ、彼らの姿を隠すために色とりどりの領巾(ひれ)を垂らし、さかんに楽を催した。
陣中のこと、女に飢え、退屈しきっていた男たちを次々と地室に誘い込むことは簡単だった。

私は大来目(おおくめ)らに命じた。
「酒宴が真っ盛りになったら、私が立ち上がって歌う。
 お前たちはその歌を聞いたら、
 一斉に敵を殺せ。」と。

そして、私は女たちと共に、敵に酒を勧めた。
敵は座について、宴はたけなわになった。
やがて、敵はすっかり油断して酔っぱらっていった…

頃は良しと見た私は、つと立ち上がり歌った。


忍坂の 大室屋に 人多に 入り居りとも 人多に 来入り居りとも みつみつし
来目の子等が 頭椎い 石椎い持ち 撃ちし止ましむ
忍さかの大きい室屋に、敵軍が多数入っているが、入っていてもかまいはしない。
来目の子等の剣で打ち負かしてしまおう

この歌を合図に、兵士たちは、一斉に剣を抜き、一時に敵兵を討ち伏せた。
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# by pain0107 | 2005-01-03 15:23 | 5.神武東征

弟猾の受難


「ちょっとウズヒコ殿ぉ…
 本当にこの格好で天香山(あまのかぐやま)まで行くので?」

「当たり前じゃないか!
 何をそんな情けない声を出しているのだ?」

私はため息をついた。
自信たっぷりに秘策があるなんて言うから、いったいどんな策かと思ったら、トホホ・・・


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数日前、我れら軍の主な者はイワレヒコさまと共に菟田(うだ)の高倉山の山頂で大和を展望した。大和には敵軍が満ちあふれ、要害の地はすべて押さえられていた。

翌日になって、私と道臣(みちのおみ)殿、そして無理矢理ついてきたウズヒコ殿の3人は、イワレヒコさまの前にまかり出た。

「イワレヒコさま。
 大和の磯城邑(しきのむら)には磯城の八十梟師(やそたける)が、
 高尾張邑(たかおはりのむら)には、赤銅(あかがね)の八十梟師がおります。
 ここの連中は皆、イワレヒコさまと決戦をする覚悟とみえます。
 これを突破するのはたやすいことではありません。
 迷信とお笑いになるかも知れませんが、
 天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取って、
 それで天平瓮(あまのひらか)作り、
 天社(あまつやしろ)、国社(くにつやしろ)の神々をお祭りなさいませ。
 さすれば、賊を征伐し平定する道が開けるはず。」
私は言った。

「おぉ…弟猾殿、それは誠か…!」

イワレヒコさまは、たいそう驚いたように私を見た。そして、

「実は、私は昨夜、誓約(うけい)をして眠ったのだ。
 大和を埋め尽くす敵軍を討つ秘策を授け給えと。
 夢の中には、天神アマテラスさまが現れた。
 そして驚いたことに、
 そなたが申したことと同じことを、おっしゃったのだ。」

「そのような不思議なことが・・・
 では、確かにそれは敵を討つ秘策なのでございましょう。
 が、道いっぱいに駐屯する敵の目を欺いて、
 天香山(あまのかぐやま)に行くのは、
 たいそう困難なことだと思われます。」
道臣(みちのおみ)殿が口を挟む。

「イワレヒコさま。
 それについては、私に秘策がございます。 
 どうか、我々にお任せあれ!
 見事、天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取ってきてご覧に入れましょう。」

自信たっぷりに言うウズヒコ殿に、みんなの視線が集まった。

「ウズヒコ。
 い、いや、シイネツヒコ。
 いったいそれはどんな秘策だ?
 申してみよ。」

「言わないから秘策なんじゃないですか、イワレヒコさま。
 先をお急ぎでしょうが、
 1週間ばかり、我々3人に時間を下さいませ。
 必ずや仰せのままに致しましょう。」

「そうか・・・
 分かった。任せよう。」

ウズヒコ殿の気迫に押されたように、イワレヒコさまは頷いた。


--------------------------------------------------------------------------------

「ウズヒコ殿。
 あの敵軍を突破する秘策とはどんな策だ?」
イワレヒコさまの元を退出した私は、早速急き込んで訊ねた。

「秘策?
 そんなものはこれから考えるのさ。」

「えぇぇぇーっ、ウズヒコ殿。
 貴殿は、何の考えもないままに、あんな安請け合いをしたのか?」
道臣殿も、男にしては妙に甲高い声で叫んだ。

「だって、イワレヒコさまの誓約(うけい)が外れるはずなどないじゃないか。
 ってことは、きっと秘策はあるはず。
 あと1週間もあるのだ。
 その間に、私たち3人で考えれば、きっとグッドアイディアも浮かぶさ。」

何とお気楽な・・・

それから1週間どころか…
もうその翌日には、いい策が浮かんだと言って、ウズヒコ殿が飛び込んできた。
その策というのが、このトホホの策なのだ…


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「なあ、誓約(うけい)ってカッコいいよなぁ~
 この間、イワレヒコさまから誓約(うけい)の話をうかがって、
 私も早速やってみたのだ。へへへへへ」

「へ~、いったいどんな誓約(うけい)だ?」
私は自分の格好があまりに情けなくて、ウズヒコ殿の誓約(うけい)の話になどに乗る気にもならず、それでも仕方なくたずねた。

「おぉ、聞いてくれるか?
 私は神にこう言ったのだ。
 『イワレヒコさまが本当にこの国を統一することがおできになる者ならば、
  行く道は自然に通れるだろう。
  反対に、もしご平定の事業が不可能なものならば、
  賊軍に妨げられよう』と。
 だから、敵軍に向かって、まっすぐに道を進んでいくぞー!」

「ほいほい。」
もう私はどうにでもなれという気持ちで、ウズヒコ殿に頷いた。

「よ~~~し!
 おっとぉ…これじゃ、元気よすぎだなぁ。
 なんといっても、私は今日はじいさんだもんな。」

ウズヒコ殿は、急に腰をかがめて、しわがれ声で、

「さあ、ばあさんや。
 出かけるぞ。
 用意はいいかな?」

と、もうノリノリで私に言った。
そうなのだ。
私とウズヒコ殿は、敵軍を欺くために、じいさんとばあさんの扮装をしているのだ。
これが、ウズヒコ殿のトホホの策なのだ。


--------------------------------------------------------------------------------

「わっはっはっは。
 なんて汚らしいじじい、ばばあだ。」

敵軍はみんな道をあけた。
私たちは無事に山に着き、土を持ち帰った。

「ばあさんや。
 よかったのぉ~」

まったくもう…
いつまでやっているのやら…

さんざんな目にあったウズヒコ殿の策だったが、持ち帰った土を見て、イワレヒコさまは、それはそれは喜ばれた。
そして、早速その土で、天平瓮(あまのひらか)を作り、天神地祗を祭られた。
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# by pain0107 | 2005-01-03 15:21 | 5.神武東征

道臣と弟猾


「弟猾(おとうかし)殿ぉーっ」

すれ違った男に向かって、ウズヒコ殿が声をかける。
おいおい。
今は私と話をしてるところだぞ。
それに、私は兄猾(えうかし)殿の一件があるから、どうも弟猾(おとうかし)殿と顔を合わすのはばつが悪いのだ…
だが、そんなこと、ウズヒコ殿は斟酌しないよなぁ…?

「弟猾殿、
 久しぶりに、一緒に酒でも飲まないか?」
やっぱり・・・

振り向いた弟猾殿は、
「久しぶりなどと…
 明け方まで盛り上がったのは、つい一昨昨日のことではないか。」
と、こちらも笑顔で答える。

こいつは、すでに弟猾殿とも親しいのか…
なんと腰の軽い男だ。

声をかけられた弟猾殿は、ウズヒコ殿の隣にいる私を見て、
「こちらの方はどなたで?」
と、尋ねた。

「こちらは、道臣(みちのおみ)殿だ。」
なんのてらいもなく答えるウズヒコ殿。
だが、やっぱりというか・・・弟猾殿の顔は曇った。
「まあまあ、これからは、一緒に戦う仲間だ。
 道臣殿も、弟猾殿も、一度ゆっくり酒でも飲み交わして、
 今までの遺恨は水に流した方がいいのだ。」
と、ウズヒコ殿は言った。
私たちは、ウズヒコ殿の強引さに負けて、渋々頷いた。

確かに私も後悔はしてるのだ。
いかにその奸計に腹を立てたからにせよ、兄猾(えうかし)殿の遺体を、わざわざ、からくり(落とし穴)から引きずり出して切り捨てたのは、ちょっとばかりやりすぎだと。
その何とも言えない後味の悪さを、兄を裏切り国を売った弟猾殿の卑怯さを蔑むことで紛らわしていた。
ウズヒコ殿には分からないだろうが、だからこそ、弟猾殿の顔を見るのはばつが悪いのだ…

「道臣殿。」
語る言葉もなく、黙々と酒を飲んでいた私に、先に声をかけたのは弟猾殿の方だった。
「私は、道臣殿を恨んでなどいない。
 あなたは、為すべきことを為しただけだ。
 責められるべきは、私の卑怯さだ。」と。
それは苦渋に満ちた声だった。

私は思わず、
「いやいや。
 あなたのことは、タギシさまからうかがった。
 お国には、いろいろ事情もあったのだろう。
 いかに腹を立てたからといって、
 遺体に刃を向けることは忌むべき行為だ。
 我々に帰順の意を示してくれたあなたの名誉を傷つけた。
 どうか許してくれ。」
と、あれれ?
自分でも驚くほど素直に詫びの言葉が出た。

「はははははは・・・
 これですっきりしただろう、道臣殿?
 日頃脳天気なあなたが、あれ以来、
 妙に沈んでいたのが気になっていたのだ。」
何を言うやら、誰にも増して脳天気なウズヒコ殿が言う。

「ははは・・・
 ウズヒコ殿に、脳天気だと言われたら形無しだ。」

「言ったなぁ!
 さあ、飲もう飲もう!!
 弟猾殿も、自分のことを卑怯などと言うものではない。
 あなたが卑怯者であるか否かは、
 これから先、あなたの剣で示せばいいのだ。
 あなたの剣が、冴え冴えとした働きを見せれば、
 それは、神が兄猾殿よりあなたを選んだという証拠さ。」

「ふふふ。
 ウズヒコ殿らしい論理だ。
 なあ、弟猾殿、
 ウズヒコ殿は、やっぱり底なしの脳天気だと思うだろう?」

「まことに・・・
 だが、ウズヒコ殿と気の合う、
 我々二人もやはり脳天気者かも知れないなぁ…!
 ははははは。」

私たち三人は、すっかり意気投合し、明け方まで酒を酌み交わした。


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数日後、私たちは、イワレヒコさまと一緒に、菟田(うだ)の高倉山の山頂で、遙か大和を展望した。
国見丘(くにみのおか)には八十梟師(やそたける)が盤踞していて、磐余邑(いわれのむら)には、兄磯城(えしき)の軍が満ちている。要害の地はすべて押さえられ、道路はふさがれ、通りようもない。

イワレヒコさまは、何かを決したように、敵軍を睨んでいた。

「なあ、弟猾殿。
 大和とは、誠に恐ろしいところだな。
 斬り伏せても、斬り伏せても、
 どこまでも敵軍が満ちている・・・」
私は、あれ以来、すっかり打ち解けた弟猾殿に言った。

「大和の磯城邑(しきのむら)には磯城の八十梟師が、
 高尾張邑(たかおはりのむら)には、赤銅(あかがね)の八十梟師がいる。
 ここの連中は皆、イワレヒコさまと決戦をする覚悟らしい。」

「さすがは弟猾殿。
 あなたは、地の利にも、この地の情報にも通じている。」

「いやいや。
 私が知っているのは、これが限度だよ。」

「だが、イワレヒコさまは、どんな小さな情報でも欲しいはずだ。
 せめて、このことだけでも、イワレヒコさまに奏上したらどうだろう。」

「私もそう思うのだが・・・
 なんといっても、私は新参者だからな。
 抜きん出るようなことをしたら、
 皆が快くは思わないだろう。」

「そんなことを気にしているのか?
 それを言うなら、ウズヒコ殿だって新参者だ。
 ウズヒコ殿は、何かと抜きん出たことをしているが、
 それを不快に思っている者などいないじゃないか。」

「ウズヒコ殿は、あのキャラだからなぁ…」

「まあ、そう気に病むなら、
 私も一緒に行こうじゃないか。
 多分、断っても、ウズヒコ殿も付いてくるだろう。」

「そうだな。
 私ももう少し、情報を集めておこう。」


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翌日、私たちはイワレヒコさまのもとを訪ねた。
やはり、一緒に行くと言って聞かないウズヒコ殿も一緒に。
だが、果たして、この大軍を打ち負かす奇策はあるのだろうか…
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# by pain0107 | 2005-01-03 15:17 | 5.神武東征

菟田へ


菟田(うだ)の 高城に 鴫(しぎ)罠張る 
我が待つや 鴫は障(さや)らず いすくはし 鯨障り 
前妻(こなみ)が 肴乞はさば 立稜麦(たちそば)の 実の無けくを 幾多聶(こきしひ)ゑね
後妻(うはなり)が 肴乞はさば 斎賢木(いちさかき) 実の多けくを 幾多聶(こきしひ)ゑね

(鴫とりのわなを設けて俺が待っていると、鴫はかからず鷹がかかった
 これは獲物だ!
 古女房がおかずにくれと言ったら、中身のないところをうんと削ってやれ
 若女房がおかずにくれと言ったら、中身の多いところをたくさん削ってやれ )


イワレヒコさまが歌うと、みんなやんやの喝采。
今日は無礼講だ。
みんな、したたかに酔っている。

が、イワレヒコさまが、この歌を歌うやいなや、真っ青になって席を立った男がいる。
あれは、イワレヒコさまの皇子のタギシさま・・・?

タギシさまは、そのまま宴席を抜けて、ふいっと外に出てしまわれた。。
タギシさまの行く手を目で追っていた私は、ふと、シイネツヒコ殿と目があった。

私は、シイネツヒコ殿に近づくと、
「シイネツヒコ殿、タギシさまはどうされたのだ?
 私の饗応に、何か気に触るところがあったのだろうか?」
と、尋ねた。

「いや、そんなことはないと思うが・・・
 あの方は、真面目だからなぁ…
 こういう酒席は、あまりお好きではないのかも知れない。
 気にするな。」

いつも愉快で親しみやすいシイネツヒコ殿は、みんなの人気者だ。

「ところでシイネツヒコ殿。
 あなたのことを、ウズヒコと呼ぶ者もあるが、
 どちらが本当の名前なのだ?」

「私は、イワレヒコさまが日向を出発して間もなく、
 船が速吸の門にさしかかったとき、偶然イワレヒコさまと出会ったんだ。
 シイネツヒコは、そのときにイワレヒコさまが下さった名だよ。
 でも、なんだかご大層な名前だと思わないか?
 どうも、私には元のウズヒコの方が合ってるらしくて、
 今も、ウズヒコと呼ぶ者の方が多いんだ。
 当のイワレヒコさまだって、10回に7回は間違えてる…」

シイネツヒコ殿は、そう言って笑った。そして、
「弟猾(おとうかし)殿も、ウズヒコでよいぞ!」
と言った。

「そうか。
 じゃぁ、私もウズヒコ殿と呼ばせてもらおう。」

「タギシさまはなぁ、
 心根の優しい方ではあるが、進んで友人を作ろうとはなさらないんだ。
 私とは、妙にウマがあって、仲良くして下さってはいるが。
 タギシさまは、今も、離ればなれになった母君を思っていらっしゃる。
 多分、イワレヒコさまの、今のお歌に傷つかれたんだろう。」
と言った。

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私は、タギシさまの後を追うでもなく、だが、外の風に当たりたくて館の外に出た。
なんといっても、今日の宴は、イワレヒコさまが我が国を奪ったことを祝う宴なのだ。
なのに、その宴を開いてイワレヒコさま一行を饗応しているのが、他ならぬ私。

イワレヒコさまは軍を率いて、突如として熊野の山中より姿を現した。
3本足の、世にも珍しいカラスに先導されて。
そして、私と、兄の兄猾(えうかし)に恭順を求めた。
国を譲り、我が軍に降れと。

兄は烈火のごとく怒った。
どこの馬の骨とも知れぬ田舎者のくせに無礼な、と。

そして、御殿に大きなからくり(落とし穴)を作った。
帰順したふりをして、一行をここへおびき寄せよう。
そうすれば、みんなそろって一網打尽だ!と、うそぶいた。

私は、兄の奸計をイワレヒコさまに密告した。
イワレヒコさまは、兄の卑劣な策を怒り、道臣とやらいう者を兄の御殿に遣わした。
道臣は、剣の柄を握りしめ、弓を引き絞って、兄を脅しながら、からくりの方へと追い込んだ。
兄は、とうとう自分で作ったからくりで命を落としてしまった。
道臣は、死んだ兄の遺体を引き出して、さらに切り刻んだそうだ・・・

--------------------------------------------------------------------------------

「弟猾(おとうかし)殿?
 こんなところで考え事か?」

私は随分長い間物思いにふけっていたようだ。
不意に声をかけられ、驚いて、声の主を見ると、

「タギシさま?」
素っ頓狂な声が出た。
「タギシさまこそ、さきほどは真っ青な顔で宴席を抜けられ、
 心配していたのです。
 私の饗応がお気に召しませんでしたか?」

「そうか。私を追ってきてくれたのか。
 それはすまなかった。
 そなたのもてなしが気に入らなかったわけではないのだ。
 父上の歌を聞いたとたん、頭に血が上ってしまって…
 気を遣わせてすまなかったな。」

「いえいえ。
 父上様のお歌は、酒席の戯れ歌ですよ。
 決して、母君さまのことを揶揄なさっているわけではないと思います。
 あ、すみません・・・
 母君さまのことは、
 さきほど、ウズヒコ殿からうかがったのです。」

「そうか。
 父は、母をこの遠征には伴わなかった。
 もう二度とは帰らぬ地に、母を残した。
 でも、私はどこかで信じていたかったんだ。
 愛が冷めた故、母を残したのではないと。」

「優しい母君さまだったのでしょうね。
 そして、あなた様をこよなく愛して下さったんでしょうね。」
私は言った。そして、
「タギシさま。
 この度の私の裏切り、タギシさまはどう思われます?
 私は兄を裏切り、兄を死に追いやった。」

タギシさまは、急に話題を変えた私に驚かれ、
「私には分からない・・・
 私たちは、熊野の山中を彷徨い、
 頭八咫烏(やたがらす)の道案内のおかげで、
 やっとのこと、山中を抜け出した。
 が、すぐさま戦いに挑むには情報がなさ過ぎる。
 だから、そなたの帰順は有り難かった。
 それに、そなたの密告がなければ、
 そなたの兄、兄猾(えうかし)殿の奸計にはまるところであった。
 だが、一人の人間としては、
 なぜ、そなたが兄を密告したのか分からない…」
と言った。

「そうでしょうな。
 私と兄は母が違うのです。
 兄、弟といっても、年は1才も違わない。
 どちらがこの地を治めてもおかしくない。
 その上、私の母は、
 私を権力を掴むための手駒としてしか見ていなかったのです。
 はるばる日向から、いろんな国々を見て進軍してこられたあなた様から見れば、
 こんな小さな国と、父上の愛を独占せんがために、
 わが子を手駒に使い、
 兄弟の間に、憎しみしか植え付けなかった母は、さぞ滑稽に映るでしょうね?」

肉親同士が憎しみ合うということに無縁であったろうタギシさまは、声もなく、私の顔を見た。

「タギシさま。
 タギシさまが、そのように心優しい人に育ったのは、
 母君さまだけの愛情のおかげではありませんよ、きっと。
 父上様と母君さまの間に真の愛情があったからこそ、
 肉親は愛し合うものだということを知られたのではないですか?
 違いますか?」

「父上のお歌は戯れ歌か・・・」
タギシさまが、ほんの少し微笑んだ。
「だが、それにしても、どうしてそなたは兄の兄猾(えうかし)殿を裏切ったのだ?
 確かにそなたの密告がなければ、我々は兄猾殿の奸計にはまっていた。
 だが、我らが滅べば、この地はそなたたちの国のままだったはずだ。
 なのに、そなたは我らに帰順して、こうして宴を開いて歓迎している。
 なぜだ?」

「さあ・・・
 すべてをご破算にしたかったのでしょうか…
 私は、たった数ヶ月早く生まれたというだけで、
 この地を、そして私を支配する兄が憎かった。
 その私の憎しみをあおり、私を手駒にし、
 隙あらば兄を追い落とし、
 この地を奪わんとしている母も疎ましかった。
 しかも、その二人は、私と血を同じくする兄と母なのです。
 私は、こんな憎しみの輪の中から抜け出したかったのか…
 いや…分かりません…」

「そなたはそれで・・・
 それで、実の兄を、国を売ったのか?」
タギシさまは驚愕した。

私はその問いには答えず、
「ウズヒコ殿は、イワレヒコさまは素晴らしいお方だと言ってました。
 生涯を、命を託しても悔いのないお方だと。
 ウズヒコ殿は、楽しい人だ。
 私もウズヒコ殿に付き合うことにしましたよ。」
と、ことさら明るく言った。

タギシさまも、いつか、私のことを分かる日が来るだろうか?
私とタギシさまでは、育ちが違いすぎる。
そんな日が来ないことを祈りながら、私はタギシさまの澄んだ目に微笑みかけた。
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# by pain0107 | 2005-01-03 15:13 | 5.神武東征

ヤタガラス


「皆の者ーっ
 安心するがよい!
 昨夜、私の夢に天神アマテラスさまが現れた。
 これで、なにも憂えることもないー
 我々は無事進軍できるであろうーーーっ!」

父上の力強い言挙げをよそに、私はそっと部屋を抜け出した。

「あれ? タギシさま?
 軍議の最中に抜け出していいんですか?」

「ヒノオミか・・・
 そなた、どう思う?
 我々の軍は呪われてると思わないか?」

私は、大来目(おおくめ)という一軍を任され、表を警護しているヒノオミに尋ねた。

「これはまた不吉なことを・・・
 イワレヒコさまの言挙げは表にまで聞こえてましたよ。
 イワレヒコさまが、あのような言挙げをなさるからには、
 きっと勝算があるに違いありません。」

「そなたといい、ウズヒコといい、
 どうして皆、そう楽観できるのだ?
 フツノミタマのおかげで、眠りから覚めたはいいが、
 いよいよ、南よりナガスネヒコを討つということで、
 山中に入ったものの、この山はあまりに深い。
 今じゃ、進路も分からなくなって、
 毎日、山中を彷徨っているだけではないか!
 進むこともできぬ。
 かといって退くことも・・・」

「しかし、アマテラスさまが道案内を遣わして下さるのでしょう?
 私はそう伺いましたが・・・」

「今回だけではない。
 この遠征中に何人の人が死んだと思う?
 一緒に出発した叔父上たちだって、
 みんな、いなくなってしまわれたじゃないか…っ!」

「確かに、イツセさまは、お気の毒にも戦死されましたが、
 イナヒさま、イリノさまは、
 母上様の御許に、常世国(とこよのくに)に参られたのじゃないですか?」

「それは詭弁だ!
 そなただって、叔父上たちが、父の東征の野望のために、
 犠牲になったと分かっているはずだ!!
 それだけじゃない・・・
 私は、名草姫の悲劇も、
 丹敷戸畔の断末魔のうめきも、忘れることなど出来ない。」

「タギシさま、あなたは真面目すぎる・・・」

「そうだろうか・・・
 ここに閉じこめられていることが何よりの証拠ではないか?
 私たちは罰を受けたのだ。
 もはや、ここから抜け出すことはできず、
 ここで朽ち果ててしまうだろう・・・」

やれやれという、大きなため息をついたヒノオミは、

「この山中、女もいないようじゃ、
 気の滅入るのも分かります。
 ここから脱出したら、
 ほれ、あのイナヒさま直伝の、あの方法で、
 美しい姫をお口説きなさい。
 あれは、百発百中だとウズヒコが言ってましたぞ。
 かくいう私も、こっそり教えてもらったんですよ。」

ふふふ・・・と含み笑いをして、
なんとも、的はずれなことを、ヒノオミは言った。
私はガックリと肩を落とした。


--------------------------------------------------------------------------------

それから数日がたっても、やはり私たちはこの山中を抜け出すことはできない。
アマテラスさまからの使いも現れない。

山中のこと、木の実や獣などを獲っていれば、飢える心配はなかったが、さすがに誰の顔にも焦燥が浮かんできた。

そんなある日、
「イワレヒコさまーっ タギシさまーーーっ!」
ヒノオミが叫ぶ声が聞こえる。

私たちは、表に出て、ヒノオミの指さす方を見た。
???
あれは・・・?

「ご覧になって下さいイワレヒコさま、あのカラスを。
 よく見れば、足が3本の、なんとも奇妙なカラスです。
 あのカラスが、アマテラスさまの使いなのでは・・・?」

「おぉ・・・まさにその通りだ。
 アマテラスさまは、おっしゃった。
 『頭八咫烏(やたがらす)を遣わすから、これを先導者とするがよかろう』と。
 そうか・・・あのカラスが頭八咫烏か・・・!」

私は目を疑った。
あのように不思議な鳥が・・・?
丹敷戸畔の毒気にあてられたときも、アマテラスさまはフツノミタマを遣わして下さった。
私たちの軍は、呪われていたのではなかったのか…
天神は、我らの行軍を祝福して下さってるのだろうか…

「この烏が来たのは瑞夢のとおりである。
 大きくもまた盛んな天神の御徳よ!
 神はこうして天つ日つぎの大業を助けて下さるのであろうか!」

父もまた、喜びのあまり、
地にひれ伏し、天神をたたえ尊んだ。

「私が、頭八咫烏の先導に従い、
 道を開きましょう!」

「おお、ヒノオミか!
 よく言った!!
 そなたが、大来目を率い、
 必ずや、この山中を脱出するのだー!」

ヒノオミは、進軍した。
山を踏み開いて、頭八咫烏の向かうままに、これを仰ぎ見ながら追跡していった。
木の枝を払い、彼らの軍が通ったあとには道ができた。
私たちもあとを追った。

そして、私たちはついに菟田下県(うだのしもつこおり)に着いた。

「ヒノオミよ。
 お前は忠誠と武勇を兼ね、
 またよく先導の功を立てた。
 よって、お前の名を改めて道臣(みちのおみ)としよう!」

「ははーーーっ」
道臣は父にひれ伏した。

頭上では、真っ青な空を頭八咫烏が悠々と飛んでいた。
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# by pain0107 | 2004-12-25 21:36

フツノミタマ


「はいはい。」

「?」

「はいはい。」

「???」

「分かりました。
 フツノミタマは、
 必ずや私がイワレヒコさまにお届けしましょう。
 むにゃ・・・むにゃ・・・」

「あなた?
 あなた、何をおっしゃっているんです?
 起きて下さいよ。
 なに寝ぼけているんです?」

え?
なに?
私は夢を見ていたのか・・・?
私の前にいるのは、絢爛たる美女アマテラスさまではなくて、しどけなく寝乱れた古女房殿ではないか!

いや・・・それにしても夢にしてはリアルな・・・

私は倉へと急いだ。
まさかとは思うが・・・
妻も、ぶつぶつ言いながら付いてくる。

「あなた?
 こんな朝早くから、倉など見てどうするのです?」

「アマテラスさまとタケミカヅチさまがなぁ、
 あと、あの声の大きな男はなんという名だっけ?」

「アマテラスさま?
 いったいそれは誰なのです?」

妻の問いには答えず、
「ほれ、
 この間から、あたりを騒がせている男、
 あの男、確か、名はイワレヒコと言ったよなぁ?」
と、私は妻に問うた。

「ええ。確かそんな名だったような・・・
 この間は、丹敷邑が襲われたとか。
 あわれや、王は無惨な最期だったと聞きましたよ。」

「丹敷邑の王は、女王だったと聞くが・・・」

「おかわいそうに・・・
 女といえども王は王。
 真っ先に血祭りに上げられたとか・・・
 でも、罰が当たったんでしょうか、
 侵略軍の方も、
 なぜか、みんな病に倒れていると聞いています。」

「おぉ…さすがそなたじゃ。
 いつものうわさ話も、たまには役に立つというわけか。」

「まあ! 失礼な・・・」

子供たちもすでにそれぞれ成人し、暇を持て余している妻は、近隣のうわさ話に余念がない。

「あなた、気をつけて下さいよ。
 この間も倉の階(きざはし)を踏み外したじゃないですか!」

「バカを言え。
 そこまでは、ボケてないわい。」

私は倉の階を上り、高床になっている倉の扉を開けた。
妻もあとから付いてくる。

「えぇーーーっ?
 あなた!
 あんなところに、剣なんか置いてありましたっけ?」

見ると、床には、一振りの剣が逆さまに突き立っている。
夢で見たとおり・・・
霊剣フツノミタマだ!!

「さあ、
 これをイワレヒコさまに届けるぞ!!」

「えぇ…?
 なんで、あの男に?」

「イワレヒコさまの軍は、
 一軍そろって、病に伏しているんだろう?」

「そりゃ、そうですけど・・・
 丹敷邑では、山の幸が、わんさか倉に入っていたとか…
 どうせ、その中にあった毒キノコでも食べたんじゃないですか?
 そんな、剣を持ってったって、なんの役にも立ちはしませんよ。
 なにより、なんで、あなたがかの軍を助けなければならないのです?」

「そりゃそうだが・・・
 だが、この剣は、どう見たってただの剣じゃないぞ。
 やはり、私の夢は正夢だったのだ。
 第一、こんな剣、私が持っていても使い道もない。
 とにかく、届けるだけ届けてくるとしよう。」

妻も、宝飾類ならいざ知らず、剣などには元々興味がなかったのか、不承不承頷いた。


--------------------------------------------------------------------------------

「気を付けて行ってきて下さいよ。
 侵略軍はひどく残忍だとのこと。
 もし襲われるようなことがあったら、
 そんな剣は放り出して逃げてくるんですよ!」

くどく言いつのる妻の言葉を聞き流し、私は、イワレヒコさまの軍が病み伏して倒れているという場所にたどり着いた。

こりゃひどい!!
無数の兵が倒れている。
もはや屍ではないのか・・・?

しかし、こう大勢倒れてちゃ、どのお人がイワレヒコさまか分からないなぁ…
とりあえず、そのあたりの誰かを起こすとするか。

「もしもし。
 私は、高倉下(たかくらじ)と申す者です。
 アマテラスさまよりお預かりした、
 霊剣フツノミタマをお届けに参りました。
 起きて下さいよー」

ゆさゆさと体を揺すると、やはり死んでいたのではないらしい。
男はゆっくりと目を開けた。
まだ焦点は定まらないものの、私の持っている剣が目に入ったらしい。

「敵か!?
 我が軍に仇為す者は容赦はせぬ!」
男は跳ね起きた。

「いえいえ。
 仇為すなどととんでもない。
 私は、アマテラスさまより授かった剣をお届けしただけです。」

「アマテラスさまだとぉ!
 そなたなどが、アマテラスさまにお目にかかれるはずが・・・」

が、男は、剣を見たとたん、言葉を飲み込んだ。
誰が見ても、一目で霊剣と分かるこの剣。

「子細は分からぬが、
 天神アマテラスさまが、我々の苦戦を見て、
 手をお貸し下さったんだな。
 この剣を見ていると、
 今まで重く立ちこめていた頭の霧が、
 ウソのように晴れていくのが分かる。
 イワレヒコさま、イワレヒコさまーーーっ
 天神アマテラスさまが、
 フツノミタマを遣わして下さいましたぞーっ」

男が叫ぶと、霊剣がきらりと光り、その光が倒れている兵たちの上に降り注いだ。
そして、一人の男が立ち上がった。

「おぉ…ヒノオミか。
 私は、なぜこんなに長寝をしていたのか…」

「イワレヒコさま、お気が付かれましたかっ!
 もう、丹敷戸畔(にしきとべ)の毒気は、抜けましたぞ!!」

さらに剣は、あたりを照らし、毒気にあてられた兵士は、すべて目覚めて起き出した。

「この者が、剣を届けてくれたのです。」

「おお、それはご苦労であった。
 名はなんと申す?」

「私は当地の国神、高倉下(たかくらじ)と申す者でございます。」
私は答えた。

……さすがはアマテラスさまだ。
……フツノミタマは、タケミカヅチ神が葦原中国を制した折りの霊剣だそうな…
などなど、目を覚ました兵士たちのささやきが聞こえる。

『眠り茸など、3日もすれば誰でも目を覚ますはず。
 剣の力などではありませんよ。
 まあ、たちのよくないキノコではなかったというわけですわね。』

帰ると、妻はそう言うだろうなぁ・・・
用の済んだ私は、いかにも現実的な妻のことを考えながら家路を急いだ。
なんとはなしに、笑みがこぼれた。
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# by pain0107 | 2004-12-25 21:33 | 5.神武東征

高天原


「一大事でござる~~~!」

息せき切って駆けつけた私に、

「毎日毎日そんな大声を出していては、
 体に障りますよ。
 オモイカネ殿も、もう若くはないのですから。」

アマテラスさまが穏やかに答える。

「そもそも、イワレヒコが東征を決意してより、
 日々、『一大事』の連続ではありませんか。
 して、今度はいったい何があったのです?」

「アマテラスさま、
 今度こそ、皇軍はダメやも知れませぬ。
 あの嵐で、イナヒ殿、イリノ殿と兄たちを失いながらも、
 なんとか、タギシ殿とイワレヒコ殿は、
 無事に、荒坂津(あらさかのつ)にたどり着きはしたのですが・・・」

「して?」
さすがに先を言いよどむ私をアマテラスさまが促した。

「イワレヒコ殿も、さすがに兄たちを失ったのが堪えたのでしょうなぁ…
 海でかなりの戦力を失ったというのに、
 その少ない戦力で、いきなり丹敷邑(にしきむら)を攻略せんとしたのです。
 正気の沙汰とは思えませんぬ。」

「イワレヒコは無事なのですか?」

「なんとか、丹敷邑の王、丹敷姫は誅殺したのござりまするが、
 その後、姫が放った毒気によって、
 イワレヒコ殿以下、兵士一同、
 こぞって病み伏しているのでござりまするーっ」

「そのような面妖なことが・・・
 姫は、あやかしの術でも使うのですか?」

「熊野は、いわば国神(くにつかみ)の聖地。
 一歩足を踏み入れれば、どのようなことが起こるか、
 私にも想像のつかないところなのでござります。」

「私が綿密な謀をめぐらせたところ・・・」
いつの間にか、アマテラスさまの後ろにいたタケミカヅチ神が言う。
な、なにー!
これは、私のセリフではないかっ

「タケミカヅチ殿、
 そなたがまた、葦原中国(あしはらなかつくに)に降りてくれるのか?」

「いいえ、アマテラスさま。
 私が参りませんでも、
 私が国を平らげた剣を下せば、
 国は自然に平らぐことと存じます。」

ほぉ~
かつての『タケミカヅチ坊や』も変わったものだのぉ~
血気盛んでやんちゃなタケミカヅチ神を、アメノウズメ殿は、こっそりそう呼んでおった。
ウズメ殿はお元気かのぉ~

「オモイカネ殿?
 聞いているのですか?
 タケミカヅチが持っている剣を、
 いかにして、イワレヒコに届けるかの算段は?」

「それはご心配には及びませんよ、アマテラスさま。
 タケミカヅチ殿がお持ちの剣、フツノミタマは霊剣でござりますから、
 剣の行く先は、剣自身が知っているのでござりまする。
 さあ、タケミカヅチ殿、剣を下されよ!」

私の言葉に頷いた、かつてのタケミカヅチ坊やは、
今は壮年の落ち着いた声で、

「私の剣はフツノミタマという。
 私は今、この剣を、お前の倉の中に置こう。
 おまえは、必ずや、この剣をイワレヒコさまに献上するのだ。」

と言うと、剣を遙か下の地上へと投げた。

「はいはい。」
地上で、人の良さそうな男の声が答えた。
剣は、どうも自分の行き先を決めたようじゃ。
さて、これでイワレヒコ殿が目覚めてくれるといいのじゃが…
男の声が多少眠たげなのが気になるのぉ~
本当にこの男でいいのやら・・・
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# by pain0107 | 2004-12-25 21:28 | 5.神武東征

難破


私たちは名草邑の男女も含めて、再び軍備を整え、南に進んだ。
しかし、いったいどこまで行くのじゃぁ…?
南の果ての海が見えてきたぞ。
イワレヒコさまは、何を考えておいでだ?

「イワレヒコさま、いったいどこまで行くおつもりです?
 ナガスネヒコを、南より討つのであれば、
 もう充分なのではないですか?」

私は恐れ多くも、イワレヒコさまに声をかけた。

「ウズヒ…いや、シイネツヒコよ。」
どうも、私にはシイネツヒコという名前は似合わないらしい。
肝心の名付け親のイワレヒコさままでこうだもんな…
まっ、それはいいか~

「シイネツヒコよ、
 私はこの東征で、兄イツセを失った。
 名草邑では、楽園のようであったかの邑を焼いた。
 不吉なことを言うようだが、
 この遠征が、神の祝福を受けたものであるのかどうか、
 自信が持てなくなったのだ。」

「何をおっしゃいます、イワレヒコさま。
 あなた様がお決めになったことに、
 間違いなどあるはずがないではないですか!」

イワレヒコさまは、それには答えず、私の顔を見て苦笑した。

私たちはさらに進み、伝説の神の岩がおわす神邑(みわのむら)に着いた。

「この山は、神の岩がおわす天磐盾(あまのいわたて)だ。
 いざ登ろう!
 私は神に相見えたいのだ。
 さすれば、この苦しい戦も是とすることができよう!」
イワレヒコさまの声。

神の岩?
なんじゃそれは?
ホントにそんなものがあるのかいな?

私たちは険しい山を登った。
そして、そこに見た!!
イワレヒコさまのおっしゃる通り、そこに神がいたのだ!
神々しいまでの巨石。
まさに神宿る石だ!!

「私はどんな苦難が待ち受けようとも、
 必ずや東征を成し遂げるぞーーーっ」

イワレヒコさまが高らかに言挙をした。


--------------------------------------------------------------------------------

天磐盾から降りた私たちは、今度は海路をとった。

ゲボッ、ゲロゲロゲロ・・・
なんという揺れだ。
海には慣れ親しんだ私なのに、不覚にも酔っているではないか。
それもひどい船酔いだ。

グラッ・・・
いやいや酔っている場合ではない。
船がかしいでいる。
だめだぁーーーっ
難破するぞー!

「神よ。
 私が鋤持(さいもち)となりましょう。
 どうか、海を沈めたまえー!」

そう言うやいなや、イナヒさまが嵐の海に飛び込んだ。

「これで、名草姫の元に行けるよ。」
と、私に微笑んで。
え?
イナヒさま、こういうことだったのか!
あなた様は、イワレヒコさまの東征の前に、握りつぶさなければならなかった姫の命に殉じるつもりでいたのか…

なのに、まだ嵐はおさまらない。
船酔いなどという生やさしいもんじゃない。
私は死を覚悟した。

「イワレヒコさま、私が行きます。
 私が神の怒りを静めましょう!」

「何を言われる、イリノの兄上。
 イツセの兄上、そしてイナヒの兄上を失って、
 兄上まで失っては、私は一人になってしまうではありませんかっ」

「イワレヒコさま、そうではありません!
 我々の祖母君も母上も海神の娘ではないですか。
 私が行って、あのお優しかった母上に、
 イワレヒコさまの行軍に幸あれとお願いするのです。
 私は死ぬのではありません。
 これからもずっと海の宮より、
 我らが愛する弟、あなたの行軍を見守っていますよ。
 私は、イツセの兄上と約束したのです。
 何があってもあなたを守ると。」

そう言うやいなや、イリノさままでが海に飛び込んだ。
これでダメなら、私も飛び込むぞー
私も命をかけて海の神に、浪が凪ぐようお願いするのだっ

が、イリノさまが飛び込んでしばらくすると、
嵐はぴたりとおさまり、
海は鏡の面のように凪いだ。
助かった・・・
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# by pain0107 | 2004-12-25 21:25