「兄磯城(えしき)は、やはり抵抗するつもりのようだ。
召しても来ない。 いかにすべきか、皆の意見聞きたい。」 イワレヒコさまが言う。 やっぱりイワレヒコさまはカッコいいなぁー 「イワレヒコさま。 召しても来ないというのは、 我々に敵意を抱いている証拠と思われます。 が、磯城邑(しきのむら)を武力で攻略するのはたやすいことではありません。 今一度、弟磯城(おとしき)殿を遣わし、 兄磯城殿を説得してもらってはいかがでしょう。 それでも尚、帰順しないようであれば、 それから武力で攻略しても遅くはないと存じます。」 いつも思慮深い道臣殿の言葉に皆はうなずいた。 そうだ、そうだ。 なんてったって実の兄弟だもんなー 兄磯城殿だって、実の弟である弟磯城殿が降っているのだから、弟磯城殿が利害得失を示して説得すれば、案外容易く納得されるんじゃぁ・・・ イワレヒコさまの威光はスゴイんだから! しかし、それにしても道臣は、いつ見ても美形だなぁー 男が見てもホレボレするぞ。 まあ、亡きイナヒ殿には及ばないが・・・ だが、最近、美しさに磨きがかかったのではないかぁー? さては、キレイな姫でも手に入れたなぁ! 「相分かった。 誰も異存はないな? そういうことだ。 弟磯城、 必ずや、兄を説得し、帰順させるのだ。」 イワレヒコさまは、道臣の意見を入れて軍義は散会した。 弟磯城殿は静かに頷いた。 「なあウズヒコどの。 どこがどうというわけではないが、 弟磯城殿は、弟猾(おとうかし)殿とはちょっと雰囲気が違うと思わないか?」 弟猾殿と共にやって来たのは道臣だ。 「へ? そうかなぁ・・・?」 まあ確かに、親戚でもないんだから顔が似てるということはないが・・・ 「うん。 そうだな。 弟猾殿は小柄だが、弟磯城殿は長身だ!」 自信満々に言った私に、なぜか道臣殿は溜息をつき、弟猾殿と共にその場を立ち去っていった。 -------------------------------------------------------------------------------- それからしばらくして、兄磯城殿の説得のため、磯城邑に戻っていた弟磯城殿が帰ってきた。 「イワレヒコさま。 兄は申しました。 イワレヒコなどという卑しい賊に帰順するつもりはない、と。」 「な、なにーーー!」 私は軍義の席であることも忘れて、思わず、座を蹴って立ち上がった。 「イワレヒコさまを卑しい賊だと!! そのようなヤツ、 今すぐに誅してやりましょう、イワレヒコさま。」 「シイネツヒコ。 威勢のいいのはいいことだが、何か策があるのか?」 イワレヒコさまが言う。 え? わぁ・・・そこまで考えていたわけじゃ・・・ が、態勢を立て直し、私は言った。 「まず、わが軍にいる女達に武装をさせ、 忍坂の道から出撃させましょう。 兄磯城は、まさか女たちとは思わず、 精兵を挙げて向かい打つことでしょう。 そこでわが軍は、強力な兵を派遣して、 兄磯城が陣を張る墨坂(すみさか)に直進するのです。 敵を挟み撃ちにするのです! 菟田川の水を取って、敵陣が起こした墨の火に注いで、 火を消してしまったら、あたりは闇に包まれます。 その不意をつけば、敵軍を打ち破ることができるのではないでしょうか。」 「おぉ・・・、シイネツヒコ。 それは名案じゃ。 よし。 シイネツヒコの申す通り、軍備を整えろ!」 ヤッター! とっさに、よくあれだけの策が浮かんだものだと、自分でも冷や汗をかきながら、私はヘナヘナと座についた。 策は見事にあたり、挟み撃ちになった兄磯城は、墨坂にてその命を絶った。 #
by pain0107
| 2005-01-23 16:58
| 5.神武東征
これは千載一遇のチャンスだ。
悪魔がささやく・・・ -------------------------------------------------------------------------------- 「兄上! 菟田(うだ)に盤踞しているイワレヒコから使いが来たというのは誠ですか?」 「弟磯城(おとしき)か・・・ 磯城(しき)の地は、菟田から大和へと通じる要害の地だ。 おとなしく軍に降るなら、邑(むら)を荒らすようなことはしないということだ。」 「で、兄上はどうなさるつもりで? まさか、そのような理不尽な命に従うつもりではないでしょうね?」 「私は迷っている。 イワレヒコの命は理不尽だ。 だが、命に従わなければ、 磯城邑は、軍に蹂躙されるだろう・・・」 「何を弱気なことを! 我らが、イワレヒコなど、どこの馬の骨とも分からない男の軍に負けるはずがないではありませんか!!」 「当たり前だ。 我らの軍が負けるはずはない。 だが、戦になれば必ず死傷者は出る。 私の意地だけで、皆を戦乱に巻き込んでもいいのか・・・」 心優しい兄は、邑人を傷つけることに躊躇しているようだ。 私たちは早くに両親を亡くし、私は優しい兄の慈しみの中で成長した。 「敵に降るというのはどういうことか・・・ イワレヒコが、我々の邑人に危害を加えるようなことがあるなら容赦はしない。 だが、どの邑でも、イワレヒコは、邑人を尊重し、無益な殺生はしないと聞く。」 兄は、さらにそう言った。 兄の気持ちはわかる。だが・・・ 「そうお思いなら、そうなさればよい。 だが私はいやだ。 たとえ兄上が敵軍に降ったとしても、 私は、たとえ一人でも、イワレヒコと戦う。 我々の大和を守るのだ!」 「弟磯城・・・」 「兄磯城(えしき)さまーっ、弟磯城さまーっ! 表に妙なカラスがいますーーー なんと、人語を話していますぞー!」 外から邑人の驚いたような声がする。 私と兄は外に出た。 外ではカラスが、 「天神の御子がおまえを召されている。 さあ、わが軍に降るのだ。 さあ、さあ!!」 足が3本の奇妙なカラスだ。 なんと禍々しい・・・ 私はすぐさま弓をとり、カラスに向かって射かけた。 「弟磯城! 何をするーーー」 慌てた兄が私の手を押さえたため、矢は大きくそれて、カラスははるか彼方に飛び去った。 兄は飛び去るカラスに叫んだ。 「イワレヒコの命などうるさく思ってのだ。 おまえのような奇妙なカラスが、 何を言おうと、私の意志は変わるものではないー!」と。 「兄上・・・」 「これでいいのだ。 イワレヒコの使者に矢を射かけてしまった以上、 もう、イワレヒコとは袂を分かってしまったのだ。 こうなれば戦うしかない。 それに、そなた一人で戦わせることなど、出来るはずないじゃないか。」 「兄上・・・」 兄は、さらに言い募ろうとする私を押さえ、幼いころのように私の肩を抱いた。 -------------------------------------------------------------------------------- これは千載一遇のチャンスだ。 悪魔がささやく・・・ 「天神の御子がおまえを召されている。 さあ、わが軍に降るのだ。 さあ、さあ!!」 今度は私の屋敷に、あの3本足のカラスがやって来た。 「私は天神の御子がお出でになったと聞いて、 朝から晩まで畏れかしこまっています。 鳥よ。 よくぞ、来てくれた!」 私はそう言い、鳥について、イワレヒコの本陣に伺候した。 そして、 「私の兄の兄磯城は天神の御子が来られたと聞いて、 八十梟師(やそたける)を集めて、 武器を準備して抵抗しようとしております。 急いで征討のご計画をなさいますように。」 と言った。 兄は優しい。 兄は私を心から慈しんでくれた。 だが、大和の旧勢力に与しているかぎり何も変わりはしない。 私は一生兄の下で、小さな磯城邑を守って生きていくのだ。 いや、朽ち果てていくのだ。 イワレヒコなど、何も知らない田舎者・・・ いつか、イワレヒコが手に入れた国をそっくりそのまま手に入れることも出来るやもしれぬ。 私はそれに賭けるのだ・・・ #
by pain0107
| 2005-01-10 21:52
| 5.神武東征
「わ~~~い! イワレヒコさま、魚たちが見事に浮かんでますよ~ うわぁー こんなにたくさんの魚が浮いてるのは初めて見たなぁ。 イワレヒコさまのおっしゃったとおり、 川を落ち葉が流れているようですよーっ」 いつも通りのウズヒコ殿の明るい声。 イワレヒコさまは、誓約(うけい)をなされたのだ。 天香山(あまのかぐやま)から取ってきた埴土で作った土器(かわらけ)を川に沈め、 『もし魚が大小となく、すべて酔って流れる様子が、 まるで、落ち葉が川を流るるごとくであったなら、 私は必ずこの国を平定することができよう。』 と、おっしゃって。 誓約(うけい)は、単純で、その可否がはっきり目に見えるものであればあるほど盛り上がる。 大小の魚が、浮かんで流れる様子に、皆の士気は否が応でも高まるのだ。 土器(かわらけ)を作った埴土は、敵陣のまっただ中を通ってウズヒコ殿が持ち帰ったもの。 たまたま目があったウズヒコ殿に会釈を返し、私はそっとその場を離れた。 -------------------------------------------------------------------------------- 川縁を離れ、木立を行くと、私のお気に入りの場所に出る。 なんでお気に入りかって? ここは、一人になれるところだから。 私はきつく結った髪をほどいた。 黒髪は、まるで生き物のように、私の背を覆う。 「まるで別人だな。 髪をほどくと、そなたは女になる。」 「・・・イワレヒコさま・・・!?」 「どうして、そんなにも美しい姿を隠している?」 美しい? 私は女にしては伸びやかすぎる姿態に目をやり、ため息をつく。 「イワレヒコさま。 いつから私が女であることに気付いておられたのですか?」 「ははは・・・ 心配せずとも、他の者は誰も気付いてはおらぬ。 私もつい先頃、 ここでそなたの姿を見るまでは、 そなたが女であるなどとは思いもしなかったぞ、道臣(みちのおみ)」 「イワレヒコさま。 このことは皆には・・・」 「分かっている。 私は、そなたが男であろうが女であろうが、 そんなことはどうでもよい。 そなたが私の役に立つ人物であったらな。」 「私は男ですよ、イワレヒコさま。 これからも、この剣で、 あなた様の東征の道を切り開いて参りましょう。」 「そうだ。 いよいよ出陣だ。 が、その前に、私は祭礼を行いたいと思う。 私自身が天神タカミムスヒさまの憑代(よりしろ)となり、 この度の戦の戦勝を祈るのだ。 ついては、そなたに斎主を務めてもらいたい。」 「私が…ですか?」 「そうだ。 斎主として、厳媛(いつひめ)の名も与えよう。 祭の日は、乙女の姿で私の前に現れてもらいたい。 なに、みんな気づきはしない。」 あまりに近くから聞こえたイワレヒコさまの声に驚いて顔を上げると、生暖かい息が額にかかり、イワレヒコさまは、そっと私を抱き寄せた。 -------------------------------------------------------------------------------- 祭も無事終わり、イワレヒコさまは出陣した。 斎主である媛が私であったことは、誰も気付かない。 早々に女の装束を脱ぎ捨てた私は、得意の剣にものをいわせて、次々と敵をなぎ倒す。 女の格好など面倒だ。 私にはこれが一番性に合っているのだ! が、敵は圧倒的な数で私たちを押し返し、緒戦の日は暮れた。 その夜、私はイワレヒコさまの密命を受けた。 「道臣(みちのおみ)よ。 そなたを見込んでの命だ。 そなたは、大来目(おおくめ)らを率いて、 忍坂邑(おしさかむら)に地室を作れ。 そこで饗宴を開き、敵を誘い込んで殺すのだ。」と。 私は、一瞬、唖然とした・・・。そして、 「身を売れと? 私に女を利用せよとおっしゃるのですか!」 と、恐れ多くもイワレヒコさまに向かって叫んだ。 「剣を持って戦うだけが戦じゃない…。 これは、我が兄、イナヒ殿の言葉だ。 なにも戦うのに、女だ男だとこだわることはないのではないか? 利用できるものはすればいいのだ。」 「・・・・・」 「なにも身を売れとは言っていない。 方策は自分で考えるのだ、道臣。 そなたを見込んでの命だ。 思う存分働くがよい。」 そう言うと、イワレヒコさまは、私の肩に手を置いたが、その手で私を抱き寄せるようなことはせず、私の目を見て頷くと、そのまま部屋を立ち去って行かれた。 なぜだか分からないが、私は物足りない思いでイワレヒコさまを見送った。 -------------------------------------------------------------------------------- 私は軍に付き従っている女たちのうち、選りすぐりに美女を集めた。 そして気は進まなかったが、私自身も入念に化粧した。 地室を作ると、奥に大来目(おおくめ)の強兵を待機させ、彼らの姿を隠すために色とりどりの領巾(ひれ)を垂らし、さかんに楽を催した。 陣中のこと、女に飢え、退屈しきっていた男たちを次々と地室に誘い込むことは簡単だった。 私は大来目(おおくめ)らに命じた。 「酒宴が真っ盛りになったら、私が立ち上がって歌う。 お前たちはその歌を聞いたら、 一斉に敵を殺せ。」と。 そして、私は女たちと共に、敵に酒を勧めた。 敵は座について、宴はたけなわになった。 やがて、敵はすっかり油断して酔っぱらっていった… 頃は良しと見た私は、つと立ち上がり歌った。 忍坂の 大室屋に 人多に 入り居りとも 人多に 来入り居りとも みつみつし 来目の子等が 頭椎い 石椎い持ち 撃ちし止ましむ 忍さかの大きい室屋に、敵軍が多数入っているが、入っていてもかまいはしない。 来目の子等の剣で打ち負かしてしまおう この歌を合図に、兵士たちは、一斉に剣を抜き、一時に敵兵を討ち伏せた。 #
by pain0107
| 2005-01-03 15:23
| 5.神武東征
「ちょっとウズヒコ殿ぉ… 本当にこの格好で天香山(あまのかぐやま)まで行くので?」 「当たり前じゃないか! 何をそんな情けない声を出しているのだ?」 私はため息をついた。 自信たっぷりに秘策があるなんて言うから、いったいどんな策かと思ったら、トホホ・・・ -------------------------------------------------------------------------------- 数日前、我れら軍の主な者はイワレヒコさまと共に菟田(うだ)の高倉山の山頂で大和を展望した。大和には敵軍が満ちあふれ、要害の地はすべて押さえられていた。 翌日になって、私と道臣(みちのおみ)殿、そして無理矢理ついてきたウズヒコ殿の3人は、イワレヒコさまの前にまかり出た。 「イワレヒコさま。 大和の磯城邑(しきのむら)には磯城の八十梟師(やそたける)が、 高尾張邑(たかおはりのむら)には、赤銅(あかがね)の八十梟師がおります。 ここの連中は皆、イワレヒコさまと決戦をする覚悟とみえます。 これを突破するのはたやすいことではありません。 迷信とお笑いになるかも知れませんが、 天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取って、 それで天平瓮(あまのひらか)作り、 天社(あまつやしろ)、国社(くにつやしろ)の神々をお祭りなさいませ。 さすれば、賊を征伐し平定する道が開けるはず。」 私は言った。 「おぉ…弟猾殿、それは誠か…!」 イワレヒコさまは、たいそう驚いたように私を見た。そして、 「実は、私は昨夜、誓約(うけい)をして眠ったのだ。 大和を埋め尽くす敵軍を討つ秘策を授け給えと。 夢の中には、天神アマテラスさまが現れた。 そして驚いたことに、 そなたが申したことと同じことを、おっしゃったのだ。」 「そのような不思議なことが・・・ では、確かにそれは敵を討つ秘策なのでございましょう。 が、道いっぱいに駐屯する敵の目を欺いて、 天香山(あまのかぐやま)に行くのは、 たいそう困難なことだと思われます。」 道臣(みちのおみ)殿が口を挟む。 「イワレヒコさま。 それについては、私に秘策がございます。 どうか、我々にお任せあれ! 見事、天香山(あまのかぐやま)の埴土(はにつち)を取ってきてご覧に入れましょう。」 自信たっぷりに言うウズヒコ殿に、みんなの視線が集まった。 「ウズヒコ。 い、いや、シイネツヒコ。 いったいそれはどんな秘策だ? 申してみよ。」 「言わないから秘策なんじゃないですか、イワレヒコさま。 先をお急ぎでしょうが、 1週間ばかり、我々3人に時間を下さいませ。 必ずや仰せのままに致しましょう。」 「そうか・・・ 分かった。任せよう。」 ウズヒコ殿の気迫に押されたように、イワレヒコさまは頷いた。 -------------------------------------------------------------------------------- 「ウズヒコ殿。 あの敵軍を突破する秘策とはどんな策だ?」 イワレヒコさまの元を退出した私は、早速急き込んで訊ねた。 「秘策? そんなものはこれから考えるのさ。」 「えぇぇぇーっ、ウズヒコ殿。 貴殿は、何の考えもないままに、あんな安請け合いをしたのか?」 道臣殿も、男にしては妙に甲高い声で叫んだ。 「だって、イワレヒコさまの誓約(うけい)が外れるはずなどないじゃないか。 ってことは、きっと秘策はあるはず。 あと1週間もあるのだ。 その間に、私たち3人で考えれば、きっとグッドアイディアも浮かぶさ。」 何とお気楽な・・・ それから1週間どころか… もうその翌日には、いい策が浮かんだと言って、ウズヒコ殿が飛び込んできた。 その策というのが、このトホホの策なのだ… -------------------------------------------------------------------------------- 「なあ、誓約(うけい)ってカッコいいよなぁ~ この間、イワレヒコさまから誓約(うけい)の話をうかがって、 私も早速やってみたのだ。へへへへへ」 「へ~、いったいどんな誓約(うけい)だ?」 私は自分の格好があまりに情けなくて、ウズヒコ殿の誓約(うけい)の話になどに乗る気にもならず、それでも仕方なくたずねた。 「おぉ、聞いてくれるか? 私は神にこう言ったのだ。 『イワレヒコさまが本当にこの国を統一することがおできになる者ならば、 行く道は自然に通れるだろう。 反対に、もしご平定の事業が不可能なものならば、 賊軍に妨げられよう』と。 だから、敵軍に向かって、まっすぐに道を進んでいくぞー!」 「ほいほい。」 もう私はどうにでもなれという気持ちで、ウズヒコ殿に頷いた。 「よ~~~し! おっとぉ…これじゃ、元気よすぎだなぁ。 なんといっても、私は今日はじいさんだもんな。」 ウズヒコ殿は、急に腰をかがめて、しわがれ声で、 「さあ、ばあさんや。 出かけるぞ。 用意はいいかな?」 と、もうノリノリで私に言った。 そうなのだ。 私とウズヒコ殿は、敵軍を欺くために、じいさんとばあさんの扮装をしているのだ。 これが、ウズヒコ殿のトホホの策なのだ。 -------------------------------------------------------------------------------- 「わっはっはっは。 なんて汚らしいじじい、ばばあだ。」 敵軍はみんな道をあけた。 私たちは無事に山に着き、土を持ち帰った。 「ばあさんや。 よかったのぉ~」 まったくもう… いつまでやっているのやら… さんざんな目にあったウズヒコ殿の策だったが、持ち帰った土を見て、イワレヒコさまは、それはそれは喜ばれた。 そして、早速その土で、天平瓮(あまのひらか)を作り、天神地祗を祭られた。 #
by pain0107
| 2005-01-03 15:21
| 5.神武東征
「弟猾(おとうかし)殿ぉーっ」 すれ違った男に向かって、ウズヒコ殿が声をかける。 おいおい。 今は私と話をしてるところだぞ。 それに、私は兄猾(えうかし)殿の一件があるから、どうも弟猾(おとうかし)殿と顔を合わすのはばつが悪いのだ… だが、そんなこと、ウズヒコ殿は斟酌しないよなぁ…? 「弟猾殿、 久しぶりに、一緒に酒でも飲まないか?」 やっぱり・・・ 振り向いた弟猾殿は、 「久しぶりなどと… 明け方まで盛り上がったのは、つい一昨昨日のことではないか。」 と、こちらも笑顔で答える。 こいつは、すでに弟猾殿とも親しいのか… なんと腰の軽い男だ。 声をかけられた弟猾殿は、ウズヒコ殿の隣にいる私を見て、 「こちらの方はどなたで?」 と、尋ねた。 「こちらは、道臣(みちのおみ)殿だ。」 なんのてらいもなく答えるウズヒコ殿。 だが、やっぱりというか・・・弟猾殿の顔は曇った。 「まあまあ、これからは、一緒に戦う仲間だ。 道臣殿も、弟猾殿も、一度ゆっくり酒でも飲み交わして、 今までの遺恨は水に流した方がいいのだ。」 と、ウズヒコ殿は言った。 私たちは、ウズヒコ殿の強引さに負けて、渋々頷いた。 確かに私も後悔はしてるのだ。 いかにその奸計に腹を立てたからにせよ、兄猾(えうかし)殿の遺体を、わざわざ、からくり(落とし穴)から引きずり出して切り捨てたのは、ちょっとばかりやりすぎだと。 その何とも言えない後味の悪さを、兄を裏切り国を売った弟猾殿の卑怯さを蔑むことで紛らわしていた。 ウズヒコ殿には分からないだろうが、だからこそ、弟猾殿の顔を見るのはばつが悪いのだ… 「道臣殿。」 語る言葉もなく、黙々と酒を飲んでいた私に、先に声をかけたのは弟猾殿の方だった。 「私は、道臣殿を恨んでなどいない。 あなたは、為すべきことを為しただけだ。 責められるべきは、私の卑怯さだ。」と。 それは苦渋に満ちた声だった。 私は思わず、 「いやいや。 あなたのことは、タギシさまからうかがった。 お国には、いろいろ事情もあったのだろう。 いかに腹を立てたからといって、 遺体に刃を向けることは忌むべき行為だ。 我々に帰順の意を示してくれたあなたの名誉を傷つけた。 どうか許してくれ。」 と、あれれ? 自分でも驚くほど素直に詫びの言葉が出た。 「はははははは・・・ これですっきりしただろう、道臣殿? 日頃脳天気なあなたが、あれ以来、 妙に沈んでいたのが気になっていたのだ。」 何を言うやら、誰にも増して脳天気なウズヒコ殿が言う。 「ははは・・・ ウズヒコ殿に、脳天気だと言われたら形無しだ。」 「言ったなぁ! さあ、飲もう飲もう!! 弟猾殿も、自分のことを卑怯などと言うものではない。 あなたが卑怯者であるか否かは、 これから先、あなたの剣で示せばいいのだ。 あなたの剣が、冴え冴えとした働きを見せれば、 それは、神が兄猾殿よりあなたを選んだという証拠さ。」 「ふふふ。 ウズヒコ殿らしい論理だ。 なあ、弟猾殿、 ウズヒコ殿は、やっぱり底なしの脳天気だと思うだろう?」 「まことに・・・ だが、ウズヒコ殿と気の合う、 我々二人もやはり脳天気者かも知れないなぁ…! ははははは。」 私たち三人は、すっかり意気投合し、明け方まで酒を酌み交わした。 -------------------------------------------------------------------------------- 数日後、私たちは、イワレヒコさまと一緒に、菟田(うだ)の高倉山の山頂で、遙か大和を展望した。 国見丘(くにみのおか)には八十梟師(やそたける)が盤踞していて、磐余邑(いわれのむら)には、兄磯城(えしき)の軍が満ちている。要害の地はすべて押さえられ、道路はふさがれ、通りようもない。 イワレヒコさまは、何かを決したように、敵軍を睨んでいた。 「なあ、弟猾殿。 大和とは、誠に恐ろしいところだな。 斬り伏せても、斬り伏せても、 どこまでも敵軍が満ちている・・・」 私は、あれ以来、すっかり打ち解けた弟猾殿に言った。 「大和の磯城邑(しきのむら)には磯城の八十梟師が、 高尾張邑(たかおはりのむら)には、赤銅(あかがね)の八十梟師がいる。 ここの連中は皆、イワレヒコさまと決戦をする覚悟らしい。」 「さすがは弟猾殿。 あなたは、地の利にも、この地の情報にも通じている。」 「いやいや。 私が知っているのは、これが限度だよ。」 「だが、イワレヒコさまは、どんな小さな情報でも欲しいはずだ。 せめて、このことだけでも、イワレヒコさまに奏上したらどうだろう。」 「私もそう思うのだが・・・ なんといっても、私は新参者だからな。 抜きん出るようなことをしたら、 皆が快くは思わないだろう。」 「そんなことを気にしているのか? それを言うなら、ウズヒコ殿だって新参者だ。 ウズヒコ殿は、何かと抜きん出たことをしているが、 それを不快に思っている者などいないじゃないか。」 「ウズヒコ殿は、あのキャラだからなぁ…」 「まあ、そう気に病むなら、 私も一緒に行こうじゃないか。 多分、断っても、ウズヒコ殿も付いてくるだろう。」 「そうだな。 私ももう少し、情報を集めておこう。」 -------------------------------------------------------------------------------- 翌日、私たちはイワレヒコさまのもとを訪ねた。 やはり、一緒に行くと言って聞かないウズヒコ殿も一緒に。 だが、果たして、この大軍を打ち負かす奇策はあるのだろうか… #
by pain0107
| 2005-01-03 15:17
| 5.神武東征
|
メモ帳
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||